とある書き掛けの記事より

「君に相談があるんだ」
フィルターが焦げるほど吸った煙草を灰皿に押し付ける男はそう語る。
フリークウォッチャー界隈の片隅に住む彼に取材以来が来たのは数日前の話である。
彼とは共通の友人から互いの存在を知り、それ以来の付き合いなのだが、
幸運にも御互い「ツチノコを捕獲するぞ」と叫ぶ友人を観察しているのが切欠だった。
ツチノコは良かった。結局奴が捕まえて来た生物が何だったか、覚えているかい?」
唐突に彼が切り出した話に私は一瞬躊躇したが、あの光景を思い出して噴出しながら
カピバラだ」嬉々とした友人の姿を思い浮かべながら答えると彼は頷いた「そうだ」
「そうだ。カピバラだ。何処を如何見ても両生類でなく哺乳類だった」
互いに頷き、やはり狂人特有のサイコパスだったと語り合う。
「しかし最近そうでもないんだ。サイコパスについてだけどね」
サイコパスを放つ被検体に限った話何だが、ちょっと変わった出来事が起きてね」
彼は先程までの陽気な態度を改め伊達眼鏡を外し低い声で、
私にだけ聞こえるくらい、小さな声で語り始める。
「知っての通り、私は医師をしていてね。政府の要請である男の監視を頼まれたんだ。
名前は明かせないが、悪魔祓いと称して3人の子供を殺し、骨が残らないほど焼いた
男と言えば君は思い当たるだろうがね」
彼は日の当たる場所では、三流オカルト雑誌記者の私と違って社会的信用のある
犯罪心理学者だった。社会に貢献している立場の男がまさか趣味で異常者を観察して
いるとは、隣人は到底思わないだろう。
「虚言癖がある男だった。"部屋の角に注意するんだ奴が来る"とか、"見たんだ。あの
ガキ共は人の子ではない"とかね。子供の死体は明らかに人間のものだったが」
彼は当時の診察を思い出し溜息をつく。余程手を焼いたのだろう。
「ある日、ほんの一瞬だったんだがモニターから眼を離し、また見て見ると真っ白だっ
た部屋の壁が一瞬にして魔法陣のような模様が描かれていたんだ。男は置いた記憶もな
い古びた本を手にしていた」
其処まで喋った所で急に彼は血走った眼で窓の方へ視線を走らせる。その手には散弾銃
が握られていた。獣を狩るには少々物騒だ。
「君に頼みがある」
彼は怯えた表情でデスクから書類を引っ掻き回して青いファイルを手に取ると、それを
私に無理やり握らせ預かって欲しいと呟いた。一方的なやり取りだったが、その時感じ
た彼の異常な気迫に押され結局相談を聞けず、その日は帰路についた。

その次の日だった。彼が自殺したのは。